こんにちは。ひめごとです。
今日は特別にこっちでうわごと。
年末に新潟の実家に帰りました。ひめごとの家族は父、母、ひめごと、弟の四人家族。
ひめごとと弟は現在関東で一人暮しをしていて、お盆とお正月に帰省します。
典型的な、いや度が過ぎるくらいのカカア殿下な家庭で、いつも母の怒り声が響く家です。子供が大きくなった今も変わりません。
子供の前で、父をめちゃくちゃにけなす母。怖いです。
この年末も久々に家族が揃ったというのに、母はずっと不機嫌そうにイライラ。
そんな母に父は何もいいません。
心が広い、人間ができてる、というよりは、けなされっぱなしでも仕方ないくらい、一人では何もできない父です。
家事は勿論、探し物も、親戚付き合いも、子供の世話も全て母任せで、母がキレるのもわかる。
そんな二人を見ていてなぜ結婚したんだろうと考えてしまいました。
ひめごとが父でも、母でも、お互いを選ばないと思います。価値観があわない人と一緒にいるなんてつらい。
お互い大事にしたいと思ってるようには見えません。
それでも離婚せずにここまで一緒にやってきたのはすごいことだと思います。
この二人じゃなければひめごとは生まれなかったし、育たなかった。
だから両親に感謝しているし、大切にしたいとは思いますが、理解できない故の壁を感じます。
そんなわけで、帰省しても全然楽しくないので、ピリピリした実家にいる期間はいつも必要最小限。
ただ、年明けに関東に戻るときに母が、ぼそりと言った言葉に、考えさせられました。
「あんたが帰ってくるの楽しみにしてたのに、人の気も知らないでさっさと帰るんだね。」
父と母が楽しみにしてたのなんて、本当は言われなくたってわかってます。
できれば家族で楽しく過ごしたいのに、なんで居づらいんだろう。
住んでいるとこも食べているものも違う。だから昔に比べて共通話題が少ないのは当たり前なわけで。
昔みたいに理解してくれない相手に不満を持ってしまう。
そんな感じ?
お互いに歩み寄らなきゃならないんでしょうね。
そう考えていて、ふと父と母もそんな感じなのかもしれないと思いました。
もしくは、すでにその次元は超越していて、歩み寄ったら仲良くなれることを知っているけど、そんな必要はないと感じているのかもしれない。
ひめごとが両親とはうまくいってないにも関わらず、愛情を感じるように、
父と母の間も同じような愛情が通っているのかもしれない。
もしそうなら果てしなくすごいことだな。と。
絶対的な信頼関係が根底にないと、怖くてできません。
鳩とひめごとには、とてもとてもそんな信頼関係はない。
だからこそ、お互い歩み寄って仲良くしたいと思うのです。
なんか、、、
長年連れ添った夫婦って計り知れない。
うーん、愛って何?
