こんばんわ。うわごとです。今日もうわごと。
今日は会社で同じ部署の人々に出産祝いを頂きました。ありがたいです。その代わり、仕事もたくさんやらされました。通常の倍は忙しかった。「今日はとても忙しいので、明日で良いですか?」と追い返すと次の人がやってくるみたいな。見てたでしょ!?今そこで。正月ボケした私にはハードでした。
さて、今日は自分の話ではなく、出産祝いのとりまとめをやってくれた直属の後輩の話。私は彼に「そんな感じでやっといて」しか言ってない気がする。千尋の谷に突き落とし・・・というひとつの愛の形。と言い逃れ。
そんな彼が去年の12月25日の朝言いました。
「今朝、1年前に振られた女から電話があって、久々に会って話しがしたいって言うんすよー」
と。ちなみに彼はクリスマス・イブは「24」を13時間ほど観たらしいです。「24日だけに24?」とは突っ込みません。それにしても、昔振られた女から12月25日に会いたいと連絡が来るとは、事件の予感です。
正月があけて、
私:「あけましておめでとう。今年もよろしく。で、彼女とは会ってきたの?どうだった?」
後輩:「いきなりそれっすかー。おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。実はですね、、、何か辛いらしくて。。」
ちなみに、後輩くんが振られた理由は、彼の親友を彼女が好きだからだそうで、彼が身を引いて?2人はめでたく??付き合ったとのこと。
私:「へー、それで別れるとか別れないとかの相談だったの?」
後輩:「何かリストカットっすよ。何回も何回もやってるらしくって、見せるんすよー」
ぐぁ。あけまして、こんな話するんじゃなかった。。
そう言えば学生時代付き合っていた彼女はルームシェアしていて、その相手がホストと遠距離恋愛しており、しょっちゅうリストカットしてたなぁと思い出しました。一度始めると、癖になるんですかね?始めは「辛くて死にたい」とリストカットしてたみたいなんですが、だんだん「血がぴゅーって吹き出るのが見たかった」なんて理由でやったりしてました。一方私の彼女はルームシェアを始めて程なく鬱病になってしまったわけですが。。。
しかし、基本的に「気合いがあれば何でも出来る。乗り切れる。乗り切れない問題は起こらない。」と言う考えの私にとって、リストカットするとか鬱病になるとかそんな選択肢はありえない訳で、全く理解に苦しみます。死んだり、落ち込み過ぎたりするくらいなら気持ちを切り替えて前に進む以外にはないと思うのですが、そんな私は彼女らに「みんな、あんたみたいに強いわけじゃないの!」と(私の)部屋から追い出されたことがあります。それでもやっぱりと思うわけですが。。
でも、経験したことがないし、経験することもないと思うのですが、そこまで思い詰める程、人を想えるって凄いなとも思います。どんな気持ちなんだろう?死を選ぶ程愛しているってどんなだろう?鬱病とかリストカットとか、昔は我が儘の延長にしか見えなかったけど、今思うに、それはきっと心が弱いからとか、そういうのじゃなく、きっと愛が深すぎたり、表現方法が分からずにやりどころがなくなってしてしまうからなんだろうと思います。
自分では抑えることなんて出来ない感情。死を選んでしまうような愛。どこまで深いのか知りたいような知りたくないような。そこまで人を愛せるのが羨ましいような羨ましくないような。でも、やっぱりダメだな。残された人はどうなるんだよ。と思うから。
愛って何ですかねぇ?ひめごとが心配。たまにホントに。
